雲の上の木の王子様

○天界編

 昔々、あるところに木の王様が住んでいました。木の王様は雲の上に住んでいて、地上にいる木たちをいつも見守っていました。木の王様はそうやって地上の木達の様子を見守る事が仕事だったのです。
 木の王様は普通の木とは違うところがいくつかありました。その中でも特に目だったところは普通に喋れる事や、歩ける事でした。そのわけは、地上の木達の様子を神様に報告するためにさいだんまで歩きに行かなければならなかったからです。
 木の王様には美しい奥様とかわいらしい男の子がいました。かわいらしい子供はやがてその王様に変わって新しい王様になるのでしょう。王子様は優しさと上品さをもっていて、それもまた王様と王妃様の自慢でした。名前はスーク。スーク王子は雲の上に住むほかの天使達と友達でした。その中でも一番仲のよい天使は、ウリウルという名の天使でした。
 ウリウルは多くの天使たちとは違って、背中に羽が生えていませんでした。しかし、それでも立派な天使だったのです。スーク王子と天使ウリウルはよく一緒に遊びに行きました。雲の上は無限に続くかと思うほど広く、そしてその下には限りのない大地が広がっています。

 とても天気のよい日でした。金色に輝く太陽が雲の上を照らし、全てを見守っているようでした。今日、スーク王子とウリウルは、遥か南のほうを目指して遊びに行きました。南のほうでは永遠と海が続くはずでしたが、それでもよかったのです。本当のところを言えば、ウリウルはとても悲しい思いをしていたので、全てが海のほうがいいのでした。ウリウルは南のほうを目指しながら、スーク王子に話しかけました。
「ねえ、スーク。僕、今日はとっても悲しいんだ」
「どうして悲しいの、ウリウル?」
スーク王子は心配そうな顔をして言いました。
「うん」
ウリウルはその一言を言ったままだまったきりになってしまいました。何があったかはわからなかったけれど、スーク王子はウリウルの次の言葉を待ちました。しばらくすると、ウリウルはまた話し始めました。
「ねえ、スーク、僕は本当に天使なのかな?」
「もしかして、また羽がない事をあいつらに言われたのかい?」
いつもウリウルにいじわるをするのはジュリエルという天使でした。ジュリエルは根はそんなに悪い天使ではないのですが、いたずら好きで、人をそそのかしたり、からかうのが好きなのでした。そして時にはジュリエルとその友達もウリウルをからかいました。
「うん、そうなんだ。最近は僕、本当に自分を疑っちゃうんだ。もしかしたら、本当に天使じゃないのかもしれない。ここにいる誰だって羽があるもの」
ウリウルは落ちこみながら言いました。
「そんなの、気にしちゃだめだよ。僕は知ってるんだよ、前に君が西のほうに遊びに行った時にお腹を空かせてふるえているかわいそうな子ねこにミルクをあげていたのを。空からミルクをたらしてさ」
そう言って、スーク王子は体を揺らしました。体からは葉っぱが一枚落ちてきました。スーク王子はウリウルの悲しそうな顔を見る事がなによりも嫌いでした。
「君は間違いなく優しい心を持った天使だよ。それに今日は大きな海を見に来たんだろう。ねえ」
スーク王子はなんとかウリウルをはげまそうとして言いました。
「うん」
「ほら、大きな海が見えて来た」
 雲に開いている穴からは大きな大きな海が見えました。雲の上からでもこんなに大きく見える海。もしこの海を地上で見たのなら、スーク王子もウリウルもびっくりしすぎるに違いありません。
「そうだ。今度、ここにハーモニカをもって来てさ、吹こうよ。君は歌うんだ」
ウリウルはとびっきりの思い付きを言いました。
「いいねえ、それで、君はハーモニカを吹けるのかい?」
「ううん、吹けないさ。でもそんなの練習すればいいじゃない。いくらだって練習してうまくなればいいじゃない。そうしたらさ、僕は'青い広い海'の歌を吹くからさ」
「そうだね、たくさん歌おう。そうすれば悲しい事なんてみんな忘れちゃうから」
「うん」
「この雲を少しもらってさ」
「えっ、何?」
「今、思いついたんだ。この雲をちぎって君の羽を作ろうよ。みんなを驚かせよう」
「スーク! すごいアイディアだよ」
ウリウルは手を叩いて喜びました。それからスーク王子とウリウルは雲をちぎってウリウルの羽を作りました。しかもウリウルの体よりもちょっぴり大きく、立派にです。
羽を作り終えるとウリウルはすぐさまに背中につけてみました。
「すごい、やっぱりウリウルは立派な天使だよ」
「へへッ」
スーク王子はその立派な羽に驚き、ウリウルは恥ずかしがりました。それから二人はとっても誇らしげな気分になりながら、帰っていきました。

 スーク王子は王宮に帰ると、すぐにお父さんとお母さんにウリウルのことを話しました。その話を聞いて、お父さんやお母さんはどれだけうれしかった事でしょう。スーク王子は知りませんでしたが、雲の上では例え王様でも王子様でも立場に縛られる事なく何でも話したい事を話せたのです。自由な言葉で自由なことを!
 それからスーク王子は明日ウリウルに会うことを楽しみに胸を膨らませながら眠るのでした。
 スーク王子はその夜とても素晴らしい夢を見ました。それはジュリエルとウリウルとスークが仲良くなって色々なところを遊びまわる夢でした。

 その頃、ウリウルは誰よりも誇らしげな気分になって、ジュリエルに会いに行きました。ウリウルはあまりの嬉しさと誇らしさで次の日まで待てませんでした。ジュリエルはいつものように宮殿のそばの広場にいました。
「ジュリエル、見てよ、これ」
「何?」
ウリウルはジュリエルに新しく生えた羽を誇らしげに見せました。
「ほら、僕にもこんなに立派な羽が生えてきたんだよ」
「ハッハッハ、それは何かの冗談のつもりかい? とっても面白いじゃないか。そんな雲のきれっぱしで空を飛ぼうなんて考えているんじゃないだろうね」
 ジュリエルはいつものようにいじわるを言いました。ジュリエルが羽を生やしても別に面白くも何ともなかったのでした。
「ねえ、ジュリエル、これはスークが考えてくれたとても素晴らしい思いつきなんだよ」
「例えスークが考えたものだとしてもそんな羽なんかぜんぜんつまらないものじゃないか」
「ジュリエル、君は僕のために一生懸命になって考えてくれたスークの気持ちをわからないのかい。僕が素晴らしいと感じたのはそういうことなのに、それもわからないのかい」
「なあ、ウリウル、そんな羽をいくら持ったって、君は飛べやしない。それどころか、もしそれが本物の羽だと誰かが勘違いして、君が地上に降りなければならない任務を任されたらどうするんだい。君は真っ先に地上界に落ちてしまうよ。そうだろう?」
「僕はどっち道、飛べないさ、だから何さ。それをいつまでもバカにしたければバカにするがいいさ。今まで我慢していたけれど、君とはもう絶交だ」
ウリウルはもう、ものすごく怒りました。そしてもうジュリエルと関わるのをよそうとさえ思いました。
「まあ、待てよ。オイラは君のことを思って言ったんだぜ。それに君のことを思ってこれから大切なこと言うんだぜ。それを聞いてから絶交をするかどうかを決めても遅くはないだろう」
「何の話?」
「つまり、君の新しい羽の話さ。本当に内緒にしてくれるか。いいか、誰にも内緒にするって約束するか」
「うん、するよ」
「よし。じゃあ、教えるよ。実は羽作りの職人が雲の上に住んでいるんだ。けれど、彼は人付き合いが苦手で人里離れた所にひっそりと住んでる。だから君だって今までこんな話は聞いたことがなかっただろう? 君はこれからその職人のところに行って羽を作ってもらうんだ。スークを驚かせてやろうじゃないか」
 そう言いながらジュリエルは口のはしをゆがめました。
「すごい、本当の話なの。すごすぎるよ。僕の羽が、本当に?」
「ああ、本当さ。スークを驚かせてやろうぜ」
「君はいいやつだったんだな。絶交はやめるよ。今まで僕は君に対して勘違いをしていたようだよ。ところで、その職人さんはどこに住んでいるのか知っているんだろうね」
「もちろんさ。でも、オイラは直接行ったことがないから大体の場所しか知らない。ここから北に行った所なんだけどね。彼は職人らしく、雲の中に家を作ってる。だから少し見つけにくいかもしれないよ」
「うん、でも僕はきっと見つけるよ。そして明日の夕方は帰って来るんだ。(手にはハーモニカを持ってさ、そのまま僕は飛んで帰って来るんだ。スークは驚くけれど、誰よりも嬉しがって一緒に歌うんだ)」
「そうと決まればもう行くといいよ。早めに行けば明日のお昼頃には無理でもおやつの時間くらいには帰って来れるかもしれないよ」
「そうだね。スークには、『君を喜ばせるためにいいものを探しに行った』とでも言っておいてくれるかい」
「そのくらいお安い御用さ」

 次の日、ジュリエルはニヤニヤしながら、スーク王子に会いに行きました。
「よお、おはよう。ウリウルを見たかい?」
「いいや、まだウリウルには会っていないなあ」
「そうかい、おかしいなあ、けさからウリウルがいないんだ」
「そう」(おかしいなあ、昨日の事を考えれば、真っ先に僕に会いに来るか、それともジュリエルに会いに行ったかのどちらかなのに)
「どこに行ったのか、見当がつかないかい?」
「ううん、どうだろう、探してみるね」
「ああ、昨日少し言いすぎたかもしれない。あれから彼の様子が少し変だったからさ」
「ああ」(ウリウル、君に何かあったのかい? 落ちこんでいなけりゃいいけど)
「オイラは、北のほうを探してみるから、君は他のどこかを探してくれないか」
「わかったよ」
スーク王子はもしかしたら、ウリウルは南の海のほうにいるのかもしれないと思い、南のほうへ足を向けました。その途中で、スーク王子は葉と枝をガサガサさせながら思いました。
(一体どうしたんだろう。まさか、夜のうちに羽が取れちゃったとか、それとも、羽の形が気に食わなくってもう一度作りなおしにいったのか…。なんにしろ、落ち込んでいなけりゃいいけど…)
 南の海のほうへたどり着いたスーク王子は周りを見まわしたました。しかし、どこにもウリウルの姿はありません。一体ウリウルはどこへ行ったのでしょうか。
(僕に隠れてこっそりとハーモニカの練習をしているのかもしれないな。もしそうだったら、僕は何も知らないふりをして、彼を探すこともやめなきゃね)
スーク王子はそれからしばらく南の海を眺めてから宮殿へと帰りました。

 宮殿に帰ると、ジュリエルが待っていました。ジュリエルの周りにはいつもの取り巻きがいます。
「スーク、ウリウルは見つかった?」
「いいや、見つからなかったよ。でも、そのほうが彼にとっていいのかもしれないよ」
 もしかしたら、ハーモニカの練習をしているのかもしれないからと、スークは思いました。
「そうかい。なあ、とっておきの情報があるんだけれど、それはとっておきのとっておきの情報なんだ。君だけに教えるけれど、秘密だぜ」
「とっておき?」
「そう、ウリウルを驚かせるためのとっておきの情報さ」
「それは何?」
「フフ、羽のことさ。地上界に羽作りの職人がいるのを知っているかい?」
「いいや、知らない。その人は天使の羽作りの職人なのかい?」
「そうさ、オイラの言いたいことわかるだろう。ウリウルを驚かすために君が取りに行くんだ」
「けど、僕が下界に降りたら戻って来れないじゃないか」
「バカだなあ、スークの分も作ってもらえばいいだけじゃないか。そうすれば飛んで帰って来れるだろう」
「ああ、そうか。ところで、その職人はどこに住んでいるのか知っているの?」
「大体の場所はね。ここから北に行ったところさ。そこに雲の穴がある。いいかい、それはとても小さな穴だからよく注意して見ないと見つからないよ。その穴から下を見ると下には小さな家がある。その家が職人の住んでいる家さ」
「そうか。ありがとうジュリエル。ウリウルのいない今のうちにさっさと取ってこよう」
「それがいいね。じゃあ、行ってらっしゃい」
スーク王子はジュリエルと話し終えるとすぐさまに北のほうを目指して歩き出しました。

ジュリエルは、スーク王子が立ち去ると取り巻きの連中と話をしました。
「ハハハ、昨日言った通りだったろう。あのバカども、すぐにだまされてさ」と、ジュリエル。
「ホント、頭の中に何が入ってるのかねえ」
「あとでその間抜けづらを見に行こうぜ」

 その頃ウリウルは、北の雲の間にある羽作りの職人の家を探していました。しかし、どれだけ探していても職人の家は見つかりません。刻々と時間がたっていきます。今日中には帰らなければスーク王子ははきっと心配するでしょう。ウリウルはその事を思い、もう少しだけ探したらいったん戻ろうと思いました。もし見つからなかったら、今度はスーク王子と一緒に職人の家探しという遊びをすればいいのですから。
 もうしばらく職人の家を探していたウリウルはそれでも見つからないので、足を宮殿のほうへ向けて歩き出しました。そこから少し進むとウリウルは遠くのほうに木影を見ました。その木影はなんだかスーク王子のように思えました。ウリウルはもしかしたら、スーク王子が自分のことを探しに来たのかもしれないと思いました。
 その木影はまさにスーク王子でした。スーク王子はその時、足元に小さな穴が空いているのを発見して下を見ていたのです。雲の間に空いている小さな穴の向こうからはジュリエルのいう通り、誰かの家が見えました。(雲の上から見る誰かの家が豆粒くらいの大きさに見えたことはいうまでもありません。しかしそれでも家なのです。)
 スーク王子は職人の家を見つけた嬉しさで、すぐさまに雲間から飛び降りて行きました。スーク王子の方へ向かって歩いていたウリウルがそれを見てどれだけ驚いたことでしょう。ウリウルはすぐさまにその小さな穴に走っていき、そしてスーク王子へ向かって叫びました。
「スーク。一体どうしたんだ」
ウリウルの声に気がついたスーク王子は笑いながらすぐさまに答えました。スークはすごい速さで落ちながらたくさんの葉を空にまきました。
「ウリウル、ハーモニカの調子はどうだい。磨いて待っていてくれ……。」
空を落ちていくスーク王子との会話はそこで途切れました。もうそれ以上はお互いに声が届かなかったのです。ウリウルはスーク王子がなぜこんなことをしたのか考えをめぐらせましたが、さっぱりわかりませんでした。ただ一つわかることはスーク王子は何の考えもなしにこんなことはしないということくらいでした。
 ウリウルはスーク王子が地面に落ちていくまでずっと見守っていました。スーク王子が地面に落ちると雲に上にまで聞こえるくらいの大きな音がしました。スーク王子は大地に激突したのです。
 ジュリエルと仲間たちがそこに息を切らせながら飛んできました。そしてウリウルと顔を合わせると決まりの悪そうな顔をしました。
「ジュリエル、スークがここから飛び降りたんだよ。どうしよう」
「まさか、本当に飛びこむなんて…」
「まさかって、そのまさかってジュリエル、何かしたの?」
「いや、…そんなことは…」
ジュリエルはしどろもどろに答えました。こんなことになるとは思っていなかったし、そしてウリウルに本当のことなど言えませんでした。お互いに北へ行って、ウリウルとスーク王子が会ってジュリエルのいたずらに二人が巻き込まれたことに気がついて終わり、そうジュリエルは考えていたのです。そして二人は怒るでしょうがジュリエルはそんな二人を笑うつもりでいたのです。
 ジュリエルは今、気を失いそうなほどにショックを受けていました。それはウリウルも同様でした。まもなく先ほどの大きな音を聞きつけて天使長がやって来ました。天使長はその場にいたウリウルとジュリエルに問いただしました。
 さすがに天使長の前ではジュリエルも本当の事を言わなければなりませんでした。ウリウルはジュリエルの話を聞き終えると自然に彼の頬を打ちました。
「やめないか。ここに悪意を持ち込むことは許さんぞ」
天使長はすぐさまにウリウルを止めました。
「まずはこのことを木の王に伝えなければならない。つらいことだがジュリエル、お前が直接言わなければならないことだぞ」
「はい」
「それとジュリエルには罰が与えられる。審査師団の指示に従うこと。2、3日の間には結果が出るだろう」
「はい」
 ジュリエルは静かな声で感情を抑えるように答えました。

 木の王様はあぜんとしながらジュリエルの話を聞いていました。それでも表面に現れている顔は不自然なほどに冷静でした。しかし、ジュリエルがその場を立ち去ると顔を歪めてただ泣きました。王妃も自室に急いで帰るとただただ泣いていました。

 次の日、木の王様はいつものように宮殿の中にある祭壇の前に立ちました。この祭壇は王様が地上の木達や世界のことを神様に報告するためのものでした。
「神様、この世はどれだけ不公平なことでしょう。親よりも先に死んでしまう子ほど不公平なものはありません。そして残された親も」
王様は大きく息を吸ったあとに次の言葉を続けました。
「昨日のことです。私の一人息子、かわいい我が子がこの雲の上から飛び降り、地上界へと発ちました。大いなる父よ、愛する息子をお救いください。お願いします」
王様はそれから祭壇の前でずっと祈っていました。

 次の日、地上では雨が降りました。そしてその雨に混じって神様の優しい命のしずくもがスーク王子の上に降り注いだのでした。神様は地面の中に散ってしまったスーク王子の魂をスーク王子の落ちた場所に集めました。そして神様の血を数滴その場所にたらしました。
 神様はスーク王子に新しい命を与えました。神様はスーク王子に土と神の血と彼の魂を合わせ、人間の姿にしたのです。
 その日、王様は朝起きるとスーク王子の魂が地上でまた新たに息吹くさまを感じました。そして急いで地上界へと目を向けました。スーク王子のいたところには肌の薄黒い青年がいました。そしてその青年は静かに近くの木に触れて空を見ていました。王様はその姿を見るとすぐさまに王妃を呼びに行きました。
「おーい、お前、来てごらん。もう悲しむ必要はないんだぞ。私たちの坊やはこれからも幸せに生きていくんだよ」
王様はいままででこの時ほど軽やかに歩けたことはなかったことでしょうよ。