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アートプロジェクト考

オープンスタジオは取手でもやってたけど、企画は大変だろうけど、実際にやってみると楽しいと思う。


取手アートプロジェクト2009でマンションのインターホンを入って、それから入っていった、某デザイン事務所が忘れられない。入るときの緊張感と展覧会として一切なんの準備もしていない生活感オンリーの空気感。そしておっさんがもくもくと自分の仕事をしている。本当に投げっぱなし感。
一切迎合していない感じ。動物園(の檻の中側)に放り出されたような唖然とした感じを受ける。



もしお金取ってやって、普通の人が行ったら怒るかもしれないけどね。 逆に考えたらあんな面白いものはないよ。





冗談ではなく、本気でやったら良いと思う。<キノヤマスタジオ
美術館とかアートセンター的な所は興味ある人はもうみんなすでに行っちゃってるじゃん。まだ行ったことない場所に行きたいものじゃないかな。穴場的、隠れ家的感覚。

知らんオッチャンちとか(行っても一切構ってくれない)。

田舎で鍵掛けないうちってあるでしょ。あの無防備さ、人を信用してる感じ。もしくは牧歌的な感じ。 田舎だったらオープンスタジオやりまくりってことになるのかな。妻有はどうだったんだろう?

4,5人のツアーだったら、可能なのかもね。妻有の偉い所って、人が20人ぐらいしか来ないときでもちゃんと演劇とかイベントとか続けたことだと思う。 あれはなかなかできない。

問題もあっただろうし、全肯定ではないけど、アーティストも(たとえ20人ぐらいでも)本気でやってる。



無理に自宅を開くって事ではなく、地域にアートセンターを作ろうとすることなのかな。黄金町とか、(名前忘れたけど)公民館をアートセンターにしようとしている所とか。 では公民館を使って音楽会をやるのとどう違うのか? 公民館をアートセンターにしなくても時にはアートセンターとして使う。



大竹さんじゃないけど、「すでにそこにあるもの」の発見と活用。



トン子じゃないけど1日だけ喫茶店を展示会場に変えるとか。そういえば、うちの姉はトン子知らないのに、自分の診療所で1〜2日間限定の展示やろうとしてる。



母が言ってたな。どっかの田舎の廃校で月に一回そこを喫茶店にして営業する話。 (もちろん客は地域の人で広がりはない)なんというか、営利主義じゃなくても、レクリエーション、コミュニケーションとして活用。 去年、ある作家の散歩するワークショップに参加。本当に散歩するだけ。



アートプロジェクトは多くの発想の転換を行ったのだと思った。



久慈君の話が戻ってきましたよ。日本の屏風のような、庭のような「見立て」をアートでやってると考えること。公民館とか普通の家を一時的にアートセンターにしてみましょう。野外を巨大な美術館にしてしまいましょう、と。



森を美術館に見立てて失敗したのが森塾(笑)



子どもの頃、公民館が何に使われてるのかよく分からなかったのね。今も地元のはよく分かってないんだけど。(笑) 妻有に行って初めて分かった気がする。 酒場じゃん!って。



もしくは宿泊所だったり、アートセンターだったりする。



ままごとみたいに、決まり事を作って、遊ぶというか。遊べるものを見つけるというか。 非常に演劇的。黒子は居ない人として考える。人が棒を持ったら、剣だと思う。それを共通して思い込み、みんなで遊ぶ。ここで、「ごっこ」の話が戻ってくる。キノさんがやろうとしたことはこれ。



意図的にやろうとしたのかどうかは僕には分からないけど。アートプロジェクトを行う上での「ごっこ」はつながってるんじゃないの?