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紡ぎ続ける事

希望の物語を綴りたい。躓いて起き上がれない人の為に。
自らの病に打ち勝てない人の為に。打ちひしがれた隣人の為に。
そして自らの闇を照らすために。闇が強ければ強いほど光を強くしなければ打ち勝てない。
だから私にも貴方にも光を照らす。
希望という名の光を。明日に希望があればこそ、今日の辛さにも耐えられる。
現実の辛さは当たり前にやってくる。災害は避けがたい。いつかは不安と恐怖にぶち当たる。だが明日を夢見る力があればこそ、立ち直れる。

様々な障害を乗り越えてなお、笑顔で居たい。笑いと励ましは希望。慰めと気遣いも希望。

重いことも軽い態度で受け流す。
「んなこたぁー、どーでもいいんだよ」
強がって、酔っ払いみたいに受け流す。
自分の辛さは受け流して他者の辛さも共感しながらも受け流し、励ます。


自分が道化なのだと気付く。


希望の力、すなわち心に宿す太陽。
その輝きの強さこそ僕にとっての美術。
技術的にうまい、下手ではない。知識があるとかないとかでもない。
地位も名誉もコネクションも重要ではない。光は誰もが持てるものじゃない。だから求め甲斐がある。


心の中に宿したものを形にする。それが僕らの仕事。では何を宿す?
回りを見て誰もまだやっていない事か?
オリジナリティーは最初に目指すべき目的地じゃない。大事な要素ではあるけれど。
否、それは僕の願いじゃない。希望でも光でもない。ただの戦略に過ぎない。一切の戦術、戦略を捨てて、なりふりかまわず走り続けたらどうなる?肉体と魂のみを頼りに生きるということ。
そこに活路はあるか?


少なくとも汚れたこの世界の中で自分を納得させられるかもしれない。


オリジナリティーは最後にやってくるのではないか?
ダーウィンの「進化論」を人間の「人生」に置き換えてみるとそう考えられる。
最初の生物は単細胞、あれもこれも似ている。
生物が淘汰され、生き残っていくうちにバリエーションが生まれてくる。


強いものが生き残るのではない。
環境に適応したものが生き残るのだ。