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人を救うのは正論ではなく、情かもしれない。

理屈で正しくても(正しければ正しいほど)それを実行できない事は多い。
こうやればうまく行くみたいな定石、定番、基礎、王道といった類いのものがある。
そうすればいいはずなのにレールの上に乗っかれない人が居る。
マイノリティ(少数派)が故に、もしくはレールの上に乗ることが退屈すぎて乗りたくないが故に。


人を説得するのは情熱、愛情、静かな口調などだ。論理の妥当性より、その人に対する信頼感が勝る。
要はその人の話を聞きたいかどうかであって正しい事を言ってるかどうかではないのではないか?
自称インテリの話にうんざりすることがあった。正論すぎて話がつまらなく、口数が多くてうるさかった。

あなたの人生は正論だったのですかと問いたかった。人間沢山間違えてそれ故に弱く、脆く、相互に助け合いながら生きていくのではないか?
他者の弱さや辛さや痛みに共感できる。
その時、情で救うという発想が出てくる。

人を人が裁く行為、批判したり批評する行為について慎重になっている。自分にそんな権利あるのだろうか。