大地の芸術祭の話

丁度来週には新潟に居る事になる。
来週の週の始め辺りは作品設置のために日帰りで新潟に行く予定。その後オープニングツアー以降しばらく新潟に居る予定だ。
2009年の新作はすべて回る予定だ。撮影もする予定。
自分との約束だからね。


色々な意味で緊張するが、楽しみでもある。
この一年半、僕の人生にとって一番大きな山だった。
挫けそうな時もあった。障害も沢山あった。けれど諦めなかった。

それらを乗り越えて成長したと思う。



成長したとは思うが、やはり見た目では分からない。


そういうものだな。
当たり前の事なんだけど、当たり前のはずの事がまだこの歳になっても新鮮に感じる。


何で毎日同じ事の繰り返しなのに新鮮に感じるのだろう。
飽きっぽい性格だから、自分が飽きないように考え方や感じ方を工夫しているのかもしれない。


もしくは美術の力かもしれない。リバイバルを日々の中で繰り返しているのだろう。


静かに穏やかに、でも心の中では想いを持っていてそうやって過ごしたい。


愚かな人にはなりたくない。
自分の事をインテリだとか自分をすごいとかあえて自慢する愚かな人が居る。
恥ずかしいね。見ていて恥ずかしいし、自分の恥ずかしさを自覚出来てないことがさらに恥ずかしい。


勉強すればするほど自分の無知さを知って、人に自慢なんて出来ない。本当にすごい人は周りが評価するから自分で自分をすごいなんて言わない。それにすごい人ほどハイレベルな舞台で戦ってるからに上には上が居ることを知ってる。
激しい戦いの中で負ける経験もしてる。


自分で自分をすごいって言う人に騙される人もまた多い。洗脳されちゃうのかな?
駄目な人ほど口でごまかしたり、色んな(人も自分も)騙す・誤魔化すテクニックだけは磨いているから、見抜かないと。
コソコソしてる時点でもう、駄目なんだけど。最後は責任持たないで逃げるしね、そういう人は。
それぞれが賢人を目指すしかないね。僕も道の途中だけど。



うぬぼれ、虚栄、自分本意、見下し、遠慮を知らない、わきまえない、節操がない、そういうのって恥ずかしいね。
自分を知らないということだからね。
努力を続けるたびに謙虚になる。
謙虚になるたびに課題が見つかる。
課題が見つかって成長して、また努力する。そして謙虚になる。



大地の芸術祭で色んな作家にこれから会うと思う。
これまで色々な人に会って学んだ。今年の夏も学びたい。
一流の精神ってやつを学びたい。
より才能があって、より謙虚な人から沢山学びたい。


口ばっかりとか、家でキーボード叩くことに懸命になってる世界ってどこか半分くらい疑いの気持ちがある。
汗臭い事や、どんくさい努力の方が信頼できる。
才能なんて信じない。
そんな言葉で酔えるような世界に、僕はもう居ない。
才能があるからやるやらないの問題じゃない。
どんな人にも良い所はあるし、尊敬できる。


逆にどんなに才能豊かな人でも
不遜な人に対しては本当に見下してる。