写真の説明

写真の中央に人の顔のようなものが見えるのが分かりますか? その下に体の部分が続いています。
これは崖を彫って作ったレリーフのようなもので巨大仏です。

北限の磨崖仏とされている岩面大佛は前九年の役の跡、源頼義が彫ったという伝説が残っている。一般には大日如来磨崖仏と云われているが、阿弥陀如来*1であるという説もあるらしい。

*1:あみだにょらい・・・サンスクリット語のアミターバ(Amitabha)、またはアミターユス(Amitayus)の訳で、無量光または無量寿と翻訳される。時間と空間を超えた無量の「寿(いのち)」の仏であり、その智慧は光明の如く暗闇を照らしてさえぎるものがないと讃えられる仏。阿弥陀はアミタの音訳。西方・極楽浄土にあって法を説く。浄土教の経典である「大無量寿経」の中で阿弥陀仏は、その前の名を「法蔵菩薩法蔵菩薩)」と呼ばれている。阿弥陀仏には座像が多く、偏タン右肩の納衣、弥陀定印(上品上生印・心の安定をあらわす)を膝の上で結び、蓮華座の上で座禅を組んでいる像が一般的である。○阿弥陀如来について伝わっている話。久遠の昔、「世自在王仏」という仏が世に現れた時、その説法を聞いたある国王が、自分も仏の道を悟りその智慧を得ようという心(無上菩提心)をおこした。彼は国も王の地位も棄てて、世自在王仏のもとで法蔵菩薩と名乗る比丘となった。仏の教えの下、諸仏の浄土をことごとく観察した法蔵菩薩は、その素晴らしい所を模範とし、気の遠くなるような永い時をかけて、それらをあまねく満たした全ての衆生を迎え取る浄土を建立する誓いの願を立てた。その願は四十八にも及び、「それらが成就しなければ私は仏にはならない」という厳しい誓いだった。そしてそのためのとてつもなく永い修行を果たし遂げ、西方極楽浄土の教主・阿弥陀仏と成った。阿弥陀仏西方極楽浄土の教主として、一切衆生をその浄土に迎え取り必ず仏に成らせようと、今も法を説いておられると説かれています。すなわち阿弥陀如来とは、人々が極楽へ往生するために導いてくれる如来なのである。